26 赤っ風

26 赤っ風

「赤っ風になっちゃうかな」
 春先き強い西風が吹いてくると、村の人は気がかりでした。
 大正の頃、桑や茶畑が続いていたこの辺は土が一寸も積り、草履(ぞうり)のまま上る始末で、

「神棚にごぼうの種がまける」
といわれるほど土ぼこりのひどい所でした。ローム層の砂土は軽く、少し風が吹いても舞い上がります。人々はこの土地を
「吹っ飛び田地」(でんじ)
と呼んでおりました。

 とくに、春先の風には悩まされたものです。空気が乾いている時期ですから、強い季節風が吹いてくると土埃で空がまっ赤になり、それはたまりません。あたりは何も見えなくなってしまいました。この風を「赤っ風」というのです。

 赤っ風が吹く時、つむじ風も起りました。畑でつむじ風に出合うこともありますが、その時は地面にかじりつくようにして、風が過ぎるのを待つのです。

 ところで、この赤っ風を心待ちにしている人たちがいました。畳二畳分の大凧を上げようというのです。待望の赤っ風が吹いてくると、凧を原に運び、大人三人がかりで上げます。藤つるを張った凧は風の中でよく捻り、見物人も集ってきて、お互い埃の中で凧上げを楽しみました。
 また風の吹いたあとの畑で、矢の根石(石のやじり)がよく見つかりました。時代の違う珍らしい石がたくさん集められたものです。

 静かだった村は町になり、家が建ち畑が少なくなってきました。しかし、春一番の吹く頃はやはり土埃がひどく、一面まっ黄色になります。
(p57~58)